大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)697号 判決

原告 関東精機株式会社

被告 深田耕司

主文

1被告より原告に対する横浜地方法務局所属公証人三木晴信作成昭和三十六年第四千百五十三号債務弁済等契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

2訴訟費用は被告の負担とする。

3本件につき昭和三十六年九月十六日当裁判所のなした強制執行停止決定はこれを認可する。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原被告の当事者名義によるものとして昭和三十六年九月五日付横浜地方法務局所属公証人三木晴信作成同年第四千百五十三号債務弁済等契約公正証書が存し、右によれば、原告は被告に対し利益金、賃料、立替材料代等の名義により金二百五十万円を同年八月三十一日限り支払うべく、これを履行しないときは直ちに被告より強制執行を受くるも異議がない旨記載されている。しかし右証書は原告を正当に代理しない無権限者の嘱託に基づき作成されたものである。すなわち、該証書は原告会社の代表取締役坂本正憲よりその証書作成の代理権限を与えられた訴外須藤芳寿が被告との間で作成したものとされているが、右坂本正憲は、これよりさき、申請人、訴外萩生剛等、被申請人、原告会社右坂本、その他(原告会社取締役たる被告及び右須藤をも含む)間の当庁昭和三十六年(ヨ)第三八七号仮処分申請事件において、同年八月二十四日、右被申請人坂本等が被申請人原告会社の代表取締役又は取締役として行う職務執行をすべて停止する旨仮処分決定がなされ、次いで同月二十六日その旨登記も経、該決定は、同月三十一日原告会社に送達された。(なお同決定は同日被告及び須藤に、同年九月十日坂本にそれぞれ送達された。)従つて前記公正証書作成当時右坂本は代表取締役の職務執行を停止されていたものであるから、これに先だち同人より前記須藤が公正証書作成の代理権限を与えられていたとしても、右坂本の職務執行停止後において須藤の嘱託により作成なされた右公正証書は原告に対する債務名義として効力を有しないものである。よつて原告は本訴により右公正証書の執行力の排除を求める旨述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告主張の公正証書が作成された事実、これに先だち主張の仮処分決定がなされ、主張のように、その登記及び決定の送達がなされたことはいずれも認める。しかし右公正証書は、原告会社の代表取締役坂本正憲が右仮処分決定によりその職務執行を停止されるに先だち、昭和三十六年七月十七日原被告間において有効になされた契約に基づき、且つ同日坂本より公正証書作成の代理権限を与えられた訴外須藤芳寿と被告との間において同人等の嘱託により作成されたものであつて、その作成の日がたまたま前記仮処分決定のなされた日に後れたに過ぎず、右公正証書の効力に影響はなく、原告の主張は当らない。と述べた。〈立証省略〉

理由

原被告の当事者名義により原告主張の公正証書が作成された事実、並びにこれよりさき原告主張の仮処分決定がなされ、主張のようにその登記及び決定の送達がなされたことは、当事者間に争がない。

ところで原告は右公正証書は原告会社の代表取締役坂本正憲が右仮処分決定によりその職務執行を停止された後作成されたもので原告に対する債務名義たる効力はない旨主張し、被告は右は坂本正憲が職務の執行を停止されるに先だち原被告間において有効になされた契約に基づき且つ右坂本より公正証書作成の代理権限を与えられた訴外須藤芳寿と被告との間において同人等の嘱託に基づき作成されたもので、その作成の日がたまたま前記仮処分決定のなされた日に後れたに過ぎず右公正証書の効力に毫も影響はない旨主張する。

よつて思うに右公正証書作成当時既に右仮処分決定が効力を発生し右坂本正憲が原告会社の代表取締役の職務執行を停止されていたことは前記認定に徴し明らかである。

しからば、これに先だち、被告主張のように原被告間に右公正証書の基本となるべき契約が締結され且つ前記須藤が坂本よりその公正証書作成の代理権限を与えられていたとしても、右のように坂本が職務執行を停止された後においては、それに伴い、その制度目的上、須藤は原告のため該公正証書を作成する権限を当然には行使できない制約を受くるに至つたものというべく、右須藤及び被告の嘱託に基づき作成された本件公正証書は、被告より原告に対する強制執行の基本たる債務名義としては、効力を有しないものといわなければならない。

しからば右公正証書の執行力の排除を求める原告の本訴請求を理由ありとして認容すべきものとし民事訴訟法第八十九条、第五百四十八条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例